福島原発事故から9年 (4)「 原発事故による健康被害~政府は、被ばくによる健康影響を調べない、知らせない」

 福島原発事故から9年経過した今、世界は新型コロナウイルス禍に見舞われています。日本政府のコロナ対策は原発事故後と同様「調べない、知らせない、助けない」といえるもので、人々の命や健康を守るものではありません。政府はオリンピックや経済政策を優先して「原発事故による健康被害はない」と人々に思い込ませるため「リスクコミュニケーション戦略」を展開してきました。

 

 一方、 チェルノブイリでは、長年にわたって原発事故による健康被害を調査し、3 ・ 11 福島原発事故 が起きた2011 年 には 「チェルノブイリ原発事故25 年 ウクライナ 政府報告書 」を公表し、放射線による健康被害の大きさを明らかにしています。


 福島では 、 事故当時福島県に住んでいた18 歳以下 の 甲状腺検査 だけを 「 県民健康調査 」 として 行ってきました。これに対し、健康調査の地域や年齢を限定せず、甲状腺以外の疾病も考慮するような検査を多くの市民が求めて来ました。しかし、国は市民の声を聞こうともせず、被害を隠すために、今甲状腺検査まで縮小しようとしています。


増え続ける(小児)甲状腺がん

 今年2 月 13 日に開かれた福島「県民健康調査」第 37 回検討委員会で、甲状腺がん・がん疑いは236 人 、 手術後の病理診断で甲状腺がんと確定した患者は186 人 と 発表 され ました。


 検討委員会では 通常 の 数十倍 の 発症 を 認 めながら 「過剰診断」だとして、被ばくの影響を認めていません。しかし、4 巡目 (2017 2018 年度 検査 で 悪性 と 診断 された 13 人 の 前回 の 検査結果 を 見 ると 、A判定が10 人 (A 1 が 2 人 、A 2 が 8 人 )B 判定が3 人 だったことから 、 2 年 の 間 にがん 化 が 進 んだと考えられます。また、これまでに180 例以上 の 患者 を 執刀 している 福島県立医大 の 鈴木眞一教授 は 、2019 年 10 月の日本甲状腺学会で、 2018 年 9 月までに追跡可能だった半摘患者 151 人のうち 11人に再発が認められたと発表しました。また、小児甲状腺がん患者に経済支援を行っている民間団体「3 ・ 11 甲状腺 がん 子 ども 基金 」 によると 、 2019 年 3 月 までの 給付実績 で 、 事故当時福島県に居住していた甲状腺患者97 人 のうち 、 12 人 が 再発 による 再手術 を 受 けています 。 どちらも 「 過剰診断 」 ではなく、放っておけない進行性のがんであることを示しています。


甲状腺検査縮小の動き

 甲状腺 がん が増えているにもかかわらず、検査を受ける人数が年々減っています。これは、対象者(事故当時福島県に住んでいた18 歳以下 の 子 ども の 悉皆検査 をやめ 、 希望者 だけにしたからです 。さらに、お知らせでは下記のように、検査のデメリットを強調しているのです。

 「福島県 甲状腺検査のお知らせ」より抜粋)デメリットとしては、一生気づかずに過ごすかもしれない無害の甲状腺がんを診断・治療する可能性や、治療に伴う合併症が発生する可能性、結節や嚢(のう)胞が発見されることにより不安に繋がることなどが考えられます。一般的には、がん検診として超音波診断装置を用いて広く集団に対し甲状腺の検査を行うことは、メリットよりデメリットが上回るため推奨されておりません。」

 がんの早期発見 、 早期治療 の 重要性 は 常識 です。被ばくによる甲状腺がんの増加は国際的に検証されています。万難を排して検査をするよう呼びかけるのが、事故を起こした国のやるべきことなのに、検査の縮小を謀っているのです。


原発事故避難者の PTSD について

(「世界」岩波書店 蟻塚亮二精神科医の論文より)

 蟻塚医師は 、「 故郷 を 返 せ !津島※原発訴訟」の原告団700 名 を対象に、住民たちの震災ストレスの強さを調べました(※津島:福島県双葉郡浪江町津島地区)。通常PTSD リスクは 時間 と 共 に低下していきます。新潟県中越地震(2004 年 で 震災 2 年後 の PTSD ハイリスク 群 は 25.9 %、 阪神淡路大震災4 年後 の 仮設住宅 、 復興住宅 に 住 む 被災者 では 9.3 でした 。 これらに対し津島地区の住民は震災8 年後 の 20 19 年春 で 、 48.4 の 人 が ハイリスク状態という調査結果となり、原発事故避難者のPTSD リスクは 国内 の 他 の 震災 より 遙 かに 高 いことが 分 かりました 。

 蟻塚医師は アンケート調査に加え、原告団有志の方々からぎりぎりまで追い詰められた思いを直接聞いて、PTSD リスクの 異常 な 高 さの 原因 を 考察 されました 。

 その結果 、 ①原発事故は、故郷と生業(なりわい)を喪失した国内発避難民としてのストレスと、②天災だけでなく人災であることによるストレスと、③原発事故特有のストレスが加重されてPTSD リスクが高くなるものと考えられるそうです。

 蟻塚医師は 、 天災と人災の違いについて、以下のように説明されています。

「天災は・・・自然の力によって引き起こされるため、人間はそれに屈服する以外に方法がない。・・・これに対して人災は、予防や減災が可能であるにもかかわらず、十分に対策されなかったために引き起こされる。それ故人災の解決には、責任の所在を明らかにして加害者が謝罪する必要があり、また損害賠償を実現するためには時間がかかる。」


 津島地区は震災では停電も断水もなく、政府の避難指示によって逃げてきた双葉・大熊・南相馬の人々を受け入れ、皆が必死で炊き出しに没頭しました。皆、原発は安全だと思っていましたから、3 月 15日 に 避難指示が出されても受け入れたくない気持ちが混在し、感情マヒに陥った人もいました。

 Nさんは 、 避難を嫌がる90 歳近 い 父 を 説得 して 家族 で 家 を 出 ました。妻は両親の介護と避難疲れで薬が必要になり、2014 年 に 父 が 、 2016 年 に 母 が 亡 くなりました 。N さんにとって一番の心配は、廃炉作業中の原発が再度大きな事故を起こさないかどうかだといいます。もし、再度の事故になればあの過酷な避難を繰り返すのかということが常に恐怖だそうです。

 また、 地域のリーダー的存在のLさんは、ADRセンターや国会交渉等の先頭に立ってきましたが、「相手とまともな会話ができない」「相手はヌエか化け物か」という砂をかむような思いを繰り返しさせられ、今まで実直に生きてきた自分を否定され、その都度途方もない無力感にさいなまれるそうです。

 そして、 避難 を 巡 って 初 めて 母 や 兄 と 対立 した T さんは 、 福島県内 に 避難 してい ますが、「幼い孫たちに放射線の影響はないのか」「福島に住んでいていいのか」と自分を責め続けているそうです。

 原発事故発生当初1 週間 の 体験 として 死 の 恐怖 を 感 じたこと が、PTSD ハイリスク 要因 の 一 つめ の特徴に挙げられています。原発事故は人類史上の最大ともいえる人災事故だったのです。